無題
少年は液晶とにらみ合いをしていた。筆の一歩も進まないその悲しさに頭を抱えてしまいそうで、その水晶体に反射した白紙が網膜を焼いていきそうで、とっさに目を閉じるか、さもなければその端末を拳と叩き込んでしまいたくなった時、猫がキーボードの上に飛び乗った。
「お;:jp;mmvvsgz」
意味のない文字の羅列。その一文字一文字がぽろり剥がれ落ちて、猫の腹をつつき始める。痛い、痛い!叫び立ち上がると、二本足で踊り始めた。
「きれいはきたないきたないはきれい」
あっはっは!少年は驚くべき偶然に手を叩いて笑った。猫がシェイクスピアを書くのを見るとは!もっと書けもっと書け、出来るなら俺の代わりに名作を書け。
「うるせえ」
「黙れ」
「俺の代わりに名作をだと?代わりとはなんだ。お前はいつだって自分の頭で考え文字を書いたことがあるのか、人のものをちょろまかしては面白可笑しく冗談ばかり。盗品の博覧会を敗北者が開いているのだから始末が悪いじゃないか。後は野となれ山となれ、お前は盗んだ先に潰されるまでもなく、ジミニークリケットのその足で踏まれて死ぬ程の矮小じゃないのかね。違うかい。」
小気味よい音で踊り続けるその画とは裏腹に流れ出す鉛の激流のような文章が彼に染み込んでいく。少年は自分の温度がかっと上がって、その温度差に頭の中の何か硝子じみた割れ物が音を立てて弾けるのを聞いた。もうどうしようもなかった。猫の首を絞めるとぎゅうとなり、そのあと得も言われないほどめちゃくちゃに不快な、排水溝に生ごみが詰まったような音がして、猫は動かなくなったのであった。
ふと少年が猫を飼っていないことに気が付くと、玄関のほうで空き缶の下げた袋の鳴る音がした。何かが出て行ったようだった。未だ煌々と熱源を演じる液晶には見覚えのない一文、「好奇心とは生きられぬ」とだけ残されていた。