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草々草子

全略出来ればどんなによかったか。

名前のない哀鬱

 

初めまして、この度ブログを開設するに至りました。まずはこの場所の紹介から。

コンセプトなし、主張なし、思想なし、笑いなし涙なし。人間に例えてみれば骨組みも筋肉も皮も内臓もありはせず、ただ生命維持装置に脳が一つ繋がれているようなものだと思ってください。そんなものを人間と呼べるのか、論じてしまうと先ほどの宣言が崩れてしまう故やめておきましょう。何より面倒だし。

更には私自身も両親に「血も涙もない」と言われた経験のある人間で、正直言って私に血と涙が流れていないのは、少しでも分けてくれなかった彼らにかなりのウェイトで責任があることは否めませんが、書いている人間が駄目であることだけは想像がつくでしょう。

冗談はさておき、いやこの先もきっと冗談しか書くことはないとは思いますが...何の話でしたっけ。紹介ですか。さて、何を隠そう私が語り手で、何某です。名前もありませんし、猫ではありません。ただの一男子。ただ徒然なるままに日暮らし、すこしあかりて紫だちたる雲の細く...あれ?今ので理解していただけたでしょう、この男には教養がありません。加えて知性もありません、証拠をお見せしましょう。おっぱい。

そんな男の紡ぐ言葉といえば、やはり下品な頭の内をつらつらと吐き出すだけのおままごと。誰に見られるでもなく、ネットの海に自らの恥部が晒されていることそのものにときめく自己完結型の箱庭。ただぽかんと口を開け、白い天井を眺めては夜になり、闇の向こうの死の光のどけきを感じては目を閉じる日々を皆様にお届けします。

なんとも気が滅入りそうなことです、絶対に読むことはお薦めしません。誰が読むんだこんな電子ゴミ。

しかし私は我慢が効かない駄目人間、酷く沈んだ生活に浮かんでくる誰かの哄笑の種を声高に叫ばずにはいられないのです。

「ぼくをみて ぼくをみて ぼくのなかのあいうつが こんなにおおきくなったよ」

果たして男の子のとても素敵な名前は、ついぞ呼ばれることがありませんでしたとさ。

お後がよろしいようで、ではまた。